
好きじゃなくてもいいの。
こんにちは、ばゆぴっぴです。
3月も残り1週間ですね。ちょっと重めのお話ですが、今日もお付き合いくださいませ。
頭の中にはいろいろな気持ちが糸屑のように散らばっているので、それらを少しずつ解いていきたいと思います。
学生の頃、職業選択の時期に沢山掛けられた言葉のお話です。
『好きなことを仕事にすればいい』
社会に出る前に、やりたいことが全く見付からない学生に対してよく使われた言葉だと思います。でも、実際に『やりたいこと』って何だったんでしょう?好きなこと?得意なこと?
かといって、『好きなだけじゃ続かない』って叩き潰すようなことも同時に云われるし…、一体どうしたら…?
あるようで意外と明確な答えが見付からないこの質問。それでも繰り返される同じ質問。疲れてしまいますね。
わたしが初めて就職した時、選んだ会社は完全に興味本位でした。会社の経営理念とか、営業方針とか、そういうところには全く興味関心がなくて、趣味の延長で好きだったところに決めました。
興味関心の範疇の『好き』という気持ちだけで、通算で3年半も働いた会社。わたしの人生の中ではとても長い部類に入ります。幼馴染やお友達はそれ以上の長い期間を過ごしたみたいですが、こういうことは他人と比べたってしょうがない。
学校の勉強は嫌いだったけど、商品が好き。その気持ちだけで商品のための知識を勉強し始めたら、知らないうちに沢山の知識が付きました。どうやら、知識欲と好奇心だけは高かったみたいです笑。知れば知るほどに楽しかった。
そんな環境から一度は距離を置いたものの、好きな気持ちは逸らすことができずにまた働いていました。それと同時に、全く興味も関心もなかった業界にご縁があったので掛け持ちという状態で。何が魅力だったのかは今でもよく分かりませんが…。
でも時間が流れていくように、会社の考え方と上司の考え方、そしてわたしの考え方の間に大きな溝ができてしまいました。それを埋めようと、相手を理解しようと頑張ったつもりですが、それでも溝は深まっていくばかりで自分の思いを押し殺したまま会社に従うことが大きな苦痛となっていました。悲しいほどに。
仕方ないよね、お互い人間なんだもの。
当時のわたしは、他人から必要とされるという事実だけが頑張る理由だったので、必要とされたくて沢山の無茶と無理をしていました。上司からの難しい指示にも努力して向き合ったし、わたしに任されるものは必ず100%を超える成果で返していました。どんなに苦しくても、必要とされているのなら、と。
業務の範囲外でもその向き合い方は変わりませんでした。
お酒は飲めないけど不定期の飲み会には最後まで参加して、自分なりにいい空気も作ってきたつもりだし、その翌日の早番出勤も喜んで引き受けました。職場からもいちばん遠かったのに…。どんなに痛みを伴うことでも、必要とされていればそれで良かった。今思えば典型的な自己犠牲タイプでした。
わたしを信頼して(本心では信頼していたのか知らないけど)可愛がってくれた上司。
その人のことが心の底から苦手だった。もっといえば嫌いだった。息が詰まるような感覚がして。
社会を知らなかったわたしを指導してくれた人ではある。でも、わたしが何でも受け入れるからといって、無茶なことを云っても傷付かないわけではないからすごく辛かった。
入社した頃からどうしても苦手で、最後まで好きにはなれませんでした。わたし自身と本質的なところが全く噛み合わなかったんだと思います。
好きなものに囲まれて、嫌いな上司に管理されて、一体わたしはどうなってしまうのだろう…?
最終的に、わたしは壊れました。
体力的にも精神的にも無理が祟って、身体的な病気を立て続けに起こしました。そこにトドメを刺したのは脳の病気でした。
わたしの脳がぐちゃぐちゃに壊れてしまったのはこれがきっかけでした。
それからというものの、働くということがすこく怖くなってしまって応募書類1枚さえ送ることもままならなくまりました。徐々に悪化していって、応募書類を用意することも、自分から応募することもできなくなりました。また同じような環境に遭遇して、そこで自分の心が死んでしまうことが何よりも怖くて。
それからは、退職前から行っていた心の治療を続けながら適当に、文字通り適当に働きました。頑張らないことって大事。手抜きをしてもこの世界は生きていける。元々居た場所よりもブラックな会社もあったし、一般社会では人に話せないような業界でも働きました。だって、そこしか受け入れてくれる場所がなかったから。
適当、という表現が正しいのか分かりませんが、『仕事のために生きる!』という考え方は捨てることにしました。でも、何の心配もなく働けていた頃に戻りたくて焦りは消えませんでした。焦っても結果が出るわけでもなく、いろんな環境を転々としていました。
それでもなぜか、全く興味も関心もない、待遇だけで決めた場所だけは辞められませんでした。それはとても長く続いて、今となっては大切なことを教えてくれた時間と場所。
新型コロナの影響と自分の年齢的に長くは続けられないと思って辞めたけど。
重視したのはウェブサイトの雰囲気のみだったので、業界には何の縁もゆかりもありませんでした笑。そこで出会った代表には感謝してもしきれないくらい沢山救われました。わたしに人として欠落していたもの、不足していたものを教えてくれ、気付かせてくれました。一般社会では誰も指摘してくれないようなことを沢山指摘されました。そして、我が子のように可愛がってくれました。わたしだけに限らず、従業員全員を贔屓することなく同じように。こんなに素敵な人が他にいるだろうかと思うほどに。
…少しお話が逸れてしまいましたね。
別に興味があるわけでもない、むしろ何が良いのか分からないようなわたしにとって理解できない業界でしたが、だからこそ学ぶことはとても多かったように思います。働いていた毎日が勉強のようなものでした。
好きではなかったからこそ、フラットな気持ちで向き合えたのかもしれません。同業他社は星の数ほどあるけど、他社では長く続かなかったのでその部分も大事だと思います。
『好きなこと』は苦しくて続かなかったので、敢えて好きじゃないことを選んだら思いの外続いてしまいました。辞めることもなく、離れることもなくなんと3周年。継続して3周年。長いようであっという間でした。
『好きなこと』と向き合っていた当時のことを思うと、あの上司に管理されない他の場所に居たら今でも続けていたのかな…?と考えてしまうこともありますが、…やっぱりどこかで破綻していたかも。
長々と経験談を綴ってしまって何が伝えたいのか分かりにくくなってしまいましたが、別に好きなことややりたいことが浮かんでこないのなら、待遇や環境だけで選んだ『興味のないこと』でも良いんじゃないかと思います。
『好きなこと』は時期や環境、年齢によって変わってしまうけど、『嫌いなこと』は時間が経っても余程の事情がない限りは変わらないと思うので。それなら、敢えて好きなことを捻り出そうとしなくても『どうしてもやりたくないこと』を避けてしまえばある程度の職種には馴染めるんじゃないかと思います。
好きなことややりたくないことが思い付かなければ、何があってもやりたくないことを挙げてみればいい。学校のように誰かに強制されることもないし、やりたくないことはやらなくても生きていけるのだから、それならば向き合わずに避けていけばいい。
それで不必要なストレスを感じることなく生活していけるのなら、それ以上の幸せはないと思います。
あくまでもわたしの思いですが。
お読みいただきありがとうございました。