
推される立場から感じたこと。
こんにちは、𝒰.です。
最近使ったレターセットがハズレでした。書いてからハズレに気付く大失態…。
前置きは本編とは何の関係もありません。
最近、わたしが推されていた時のことをふと思い出したので、折角の機会だし書いておこうと思います。
推されていた、といってもただの夢売り人(びと)だった頃のことです。
人間である以上同じ意思を持った別人というものはないので、沢山のお客様がいらっしゃいました。
そこでわたしが嬉しいと感じたことは、声を掛けたら都合を付けて来てくださる方でした。SNSも定期的に見ていて、販促や催事を組むと来てくださる方はもうその行動だけで心から感謝していました。
たったそれだけ?と思うかもしれませんが、これ以上は求めていなかったので。
それ以上に、どうにか都合を付けて全部来てくださる方は神様のような存在でした。ありがたいことこの上ないのですが、どんなお仕事してるんですか?どうやって時間を工面しているんですか?
プライベートなことはわたしから積極的に訊くことは失礼に当たると思ってやらなかったので、辞めた今でも私生活が全く見えてこない方もいます。まさに謎。
逆にされて嫌だと感じたことは、口だけ、わたしの気を引こうと悪目立ちする行動を取る人や隙のない自虐…という名の冗談にもなりきれなかった自虐で構ってもらおうとしている方です。ある程度までは経験値でカバーはできるようになりましたが、切り返し方に毎回すごく困ります。地雷を踏んだら激昂するし…。
突っ込みづらい自虐は相手をするのが難しいので苦手です。
今だから言えることですが、声を掛けても来ないような、どうでもいいことで相手の時間をただ浪費して構ってもらおうとするだけの方は相手をするのがすごく面倒です。誰にも相手にされないからといって、わたしを使って遊ぼうとしないでくれ。全部気付いていますからね、その考えに。
こっちがご機嫌取りをしないといけないというのは確かに納得が行きませんが、機嫌を取ってもらうというのも違うと思っています。
これを推しとオタクに例えると、推しに機嫌を取ってもらうオタクってすごく面倒な存在じゃないですか?取ってもらうというより、『推しに機嫌を取らせる』というのが適切な表現かもしれません。推しの機嫌をオタクが取るというのもなかなか他力本願ですね。うわぁ、どちらも面倒だ。
フラットな気持ちで楽しんでもらうというのがわたしのお役目でしたから。
わたし以外にも沢山のスタッフが居る中で、どんな理由であれわたしを選んでくれた方にはとても感謝しています。当時は面と向かって伝えられなかったけど。
『あなたがいい』なんて指名していただけた日には、内心『え?わたしなんかでいいんですか?』なんて思いながら、恥ずかしいような嬉しいような気持ちで心が小躍りしていました。
体育会系な考えかもしれませんが、喜んでもらえることがわたしにとっての原動力だったので、そのためにならいろんな考えが頭の中に浮かんでいたし、実際に企画を実行する為に動いたこともありました。この時の経験から、『やってよかった』と思えることは大切なんだと思うようになりました。
そして、喜んでもらう為には自分自身が楽しい気持ちで企画運営していくことが何よりも大切なんですけどね。
ここまで書いてきた内容は、自分がされて嫌なことは相手にはやらないという考え方にも繋がっているんじゃないかと思います。人として当たり前のことだと思いますが。
場面によってはこれを戒めのような気持ちで振り返って、わたしも推し各位に同じことをやってないかな?と自問自答する毎日です。わたしが大丈夫だと思っても、推しぞれぞれが捉え方が違うはずだから良い事と悪い事の範囲も大きく違うだろうし。
だから正確なボーダーラインは分かりませんが、せめてわたしがマイナスな気持ちになったことは推しに対して絶対なやらないように心掛けています。もしかしたらわたし自身が気付いていないだけで、無自覚のうちに嫌なことをやっている可能性も否定できないのですが。その時はごめんなさい。とても申し訳ないです。
思い返してみると、わたしを推していた方達はみんなネジが飛んでいたな。懐かしい。今でもたまに『お変わりないかな?』なんて気になる日もあります。
とりとめのない文章になってしまいました…。
お読みいただきありがとうございました。
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